行動を設計するなら予期的UXにフォーカスしよう
前の記事「僕が予期的UXにフォーカスする理由」がありがたいことに想定していた層を越えて読まれ、混乱を与えてしまった感はあるのですが、考えた末にもう少し具体的なことを書ききってしまい、その後に疑問に答えていく方が本来の目的に沿うと考えました。Twitterなどでご連絡いただければ、疑問に合わせて記事を書かせていただくので、ぜひお知らせください。
また、この記事だけを読んでもある程度理解できるようにしてありますが、前の記事を読まれたほうが理解しやすいこともあるかもしれません。
なぜ「行動を設計するなら予期的UXにフォーカス」するのか
サービス≒事業を育て持続させるためには、ユーザーに行動してもらう必要があるのに対し、学術的な分野では、UXに関して当然の事ながらその定義や実現の方法を研究対象や結果としています。
もちろん価値ある体験を提供することがゴールである場合もあります(個人的にはこれが一番大事)。ですが、事業として、価値ある体験を提供し、また提供し続けるためにも、いかに行動してもらうのかをデザインする必要があります。
僕は現状のUXデザイン(体験設計)の適用方法は、多くの場合、行動設計を必要とするサービス≒事業の現場でズレが起きやすいと考えています。
例えば、
- 事業の定量目標であるKPI(ユーザーの行動)が設定される。
- KPIが達成されている状態でのユーザーの体験を表現するために、ジャーニーマップなどが作成=体験設計される。
- デザイン側では体験設計の実現が目標になり、行動設計が放置される。
というようなズレです。
誤解の無いように書くのですが、僕は行動さえ起きればそれで良いと言いたいのではなく、個人的には「持続可能な価値提供」が最も重要です。そして、その実現のためにはユーザーの行動が必須の要素なので、それについて深く検討し議論するために、「行動を生むための予期的UX」という考え方が基盤になるのではないかと考えているのです。
なぜならUXの分野は、近年特に研究の成果や手法が広く知られるようになっており、また取り組む人も増えているので、部分的にでも本来の体験設計ではなく行動設計に流用できるならば、検討・議論がしやすくなるはずだからです。
「予期的UX」とは
「予期的UX」と言われても、UXについて業務として取り組んだご経験の無い方にはピンとこないとと思います。僕の記事で予期的UXという概念について初めて知られた方は余計にわからないかと。
そこでまずは、これまでUXデザインの文脈で予期的UXはどのように語られてきたのかをご説明します。
既存の標準的な考え方を知るための方法はいくつもあると思いますが、ここは(学術的にではなく)世の中の人と同じくGoogle先生に聞いたところ、2016/04/22時点で上位にあった2つの記事から予期的UXについての説明を参照してみましょう。
- 時間軸でのユーザーエクスペリエンス 〜予期的UX編〜
説明:“予期的UXは他の3つの段階と比べ唯一、実際のサービスを経験していない段階です。” - Webサイトの満足度を上げる「UX(ユーザーエクスペリエンス)」の作り方
説明:”予期的UXは他の3つの段階と比べ唯一、実際のサービスを経験していない段階です。”
このように、予期的UXはこれまであるプロダクトやサービスを使ったことが無い状態として説明されてきました。(間違っているということではなく、あくまでこれが標準的な捉え方だということです。)
前の記事について疑問を持たれた方も、この前提に立たれた方が多かったと感じています。
なぜ予期的UXに注目したのか
では、あらためてUX timespanの図(ユーザーの体験を時間軸で区分したもの)を見てみましょう。
注目したのは各時間区分に向かう矢印です。
矢印は「 区分自体からループしている矢印」と「前の区分から出る矢印」の2種類あります。
ここから下記の2点がわかります。
- 予期的UXには他の区分の3倍の矢印が向かっている
- 予期的UXには他の区分から体験の還流がある
では、これらがどのような意味を持つかを説明します。
予期的UXには他の区分の3倍の矢印が向かっている
図1では、矢印がまとめらているのでわかりにくいですが、実際には下の図2の赤い矢印のように各区分からそれぞれ矢印が向かい、直接の影響を受けることが図示されているということです。他の区分が必ず単一の区分からしか直接の影響を受けないのに対して特殊である言えます。
予期的UXには他の区分から体験の還流がある
時間軸上で矢印が来ている以上、他の3区分と予期的UXの間には前後関係があり、「体験の還流」が図示されていると言えます。他の区分と同じようにこの3本の矢印も「前の区分」と捉えることで、この図がサイクルであることをあらためて認識できます。これは、これまでの「予期的UX=あるプロダクトやサービスを使ったことが無い状態」という説明とは違う捉え方です。
ですが、図の解釈だけではなく、サービスを利用開始した後(利用中)も、ある体験の前には必ず予期的な体験があり、それはそれ以前の体験から影響を受けるというのは当然かつ自然な感覚だと思います。(そもそも僕はUX白書の定義をこねまわしたいのではなく、より自然な感覚に捉え直して使いたいのです。)
予期的UXの発生タイミング
ここで、あらためて予期的UXが発生するタイミングについてUX白書原文で確認すると、
”Anticipated UX may relate to the period before first use, or any of the three other time spans of UX, since a person may imagine a specific moment during interaction, a usage episode, or life after taking a system into use.”
とされており、
- 初回利用以前の期間
- その他の3つ(一時、エピソード、累積)のUX時間区分の前
であることがわかります。
この内、「1. 初回利用以前の期間」と時間区分の図の「いつ:利用前→利用中→利用後→利用時間全体」という表記が、予期的UXの標準的な捉え方である「サービスの利用前」の元になったと思われます。
そして、「2. その他の3つのUX時間区分の前」は、この記事で書いてきた「何らかの体験の前には必ず予期的な体験がある」と一致します。論理的には、1は2に含まれると思われるので、2だけを書いていれば状況は違ったかもしれませんが、UX白書の文脈としては、その前に期間(period)についての説明をしている流れを受けて、このような説明になっています。
ここで気づかれた方もいるかもしれませんが、UX白書のテキスト部分には、この下部の矢印(体験の還流)について明確には書かれていないのです。(むしろ2の定義ならば矢印の向きは逆です。これについては別の記事で詳しく書きました。)
予期的UXと行動の関係
では「行動」はこの体験の時間軸のどこに位置するのでしょうか。
矢印が影響を示すものであり、利用を行動とほぼ同義だと考えるとするならこのようになります。
予期的UXから伸びた矢印のみが行動に影響するということがわかります。
一般的には、例えば「成功体験」としてのエピソード的UXや「ブランド」のような累積的UXは、継続的な利用に影響を与えるとされてきたのですが、それすらも一旦予期的UXを通して影響するということです。
ここまでをまとめると、予期的UXと行動の関係は下記のようになります。
- 一時、エピソード、累積のUXは予期的UXに還流する。
- 行動に直接影響するのは予期的UXのみである。
- 行動を生みだすことが目標であれば、その手前の予期的UX一点にフォーカスすれば良い。
予期的UXにフォーカスした行動設計
これまでの体験設計の事業転用では下記のような問いによってデザインがされることがよくありました。
- 実現したい体験の特定:サービスのコア体験(もっとも重要な体験)は何か。
- コア体験を生むサービス要素の特定:コア体験を生むために必要なサービス要素(プロダクト/機能/コンテンツ)は何か。
- 検証用KPIの特定:コア体験が生まれたことを検証するためのKPIは何か。
例えば毎日使ってもらいたいQ&Aコミュニティサービスを運営しているとして、より具体的にするとこんな感じです。
- 実現したい体験の特定:悩んでいる人が答えを得られると感じられるコミュニティに加われる事
- コア体験を生むサービス要素の特定:コミュニケーションによる悩みの解消
- 検証用KPIの特定:利用開始翌日の再訪率50%
注意しなくてはならないのは、この場合のKPIは目標ではなくて、検証のためのものであるということです。
上記のケースでは、コミュニケーションによって悩みが解消することによって、翌日再訪する理由が無くなると考えることもできますが、「価値があれば再度利用する」という前提に立ってしまうと、その視点を見落としがちです。
では、予期的UX一点にフォーカスした行動設計ではどうかと言うと、下記の4つの問いを段階的に使って答えを導き出します。
- 行動の特定:ユーザーにしてもらう必要がある行動(KPI)は何か。
- 予期的UXの特定:特定した行動を生むためにフォーカスが必要な予期的UXは何か。
- 予期的UXを生むUXを特定:その予期的UXを生むために必要な、予期/一時/エピーソード/累積的UXは何か。
- 予期的UXを生むサービス要素の特定:特定したUXを生むために必要なサービス要素(プロダクト/機能/コンテンツ)は何か。
この後に与えられた期間とリソースで可能な施策を出し、それらを検証するサブKPIを設定して、制作・実装・運用などに移ります。
- 行動の特定:初回利用の翌日の再訪率50%
- 予期的UXの特定:興味があるQ&Aがサービス上にある
- 予期的UXを生むUXを特定
* 初回利用時の成功体験
* 興味を惹くQ&Aの発見 - 予期的UXを生むサービス要素の特定
* 初回利用時の成功体験:初回利用者を優遇して表示する
* 興味を惹くQ&Aの発見:初回利用で取得したデータを元に、Push Notificationによる最適なQ&Aを提示
予期的UXにフォーカスしてみましょう
もちろん、全体の体験が損なわれていないかどうかは確認しなければなりませんが、予期的UXにフォーカスすることで制約ができるため、より深く具体的に考えることができます。
さらに、予期的UXにフォーカスすることはKPIにフォーカスすることでもあるので、チームのビジネスとデザインも連携しやすくなります。
また、UXデザイン分野のリサーチ方法やアイディア出しや共有方法は、4つの問いに答えるために役立ち、UXデザインをサービス≒事業の目標達成に活用できるようになります。
僕は、この4つの問いに加えていくつかのツールを作成し、それを使ってデザインができるようにしています。
ツールについては今後説明しますが、自分で考えを進めたい方のために、「Fogg Behavior Model」を使っていることはお知らせしておきます。
僕は銀の弾丸を見つけたわけではありませんが、どんな弾丸を作れば良いのかを的確に考える視点を共有したのだと考えています。ここから皆さんと議論することによって、さらに進化させることができ、世の中により良いサービスが生まれていけば幸せです。みなさんもぜひ、ご自分のサービスに当てはめて考えてみてください。ご意見ご質問をお待ちしています。
続編として、理論から手法までを書いた「UXデザインを利用した行動設計」を公開しました。実際にどうやって取り組むのか興味を持たれた方はどうぞ。
※ユーザー体験の時間区分の図の改変版についてはクリエイティブ・コモンズ 表示 — 非営利 — 継承 3.0 非移植 ライセンスの下に提供されています。